1  定量研究とは

1.1 会計を計量する?

ここでは、教科書「Rによる計量政治学」の内容を「会計学」に置き換えて考えてみます。 「計量会計学」という言葉は一般的ではなく、会計学の世界では「実証的会計研究」とか「実証会計学」いう言葉が使われています。

社会科学において、社会で生じる様々な現象(たとえば、経営現象や会計実務)を、数値化して分析することを計量化(quantification)と呼びます。 計量化されたデータを用いて、社会現象を説明しようとするアプローチを計量分析(quantitative analysis)と呼びます。 計量分析の手法は、統計学や計量経済学などの数理的な手法を用いて、社会現象を説明しようとするものです。

会計とは経営活動から生み出される価値の変化を貨幣的に計測・記録し、その情報を整理し、集約することで、最終成果物として報告書(たとえば貸借対照表など)を作成し、それを利害関係者に報告することで、投資意思決定に役立つ情報を提供したり、利害関係者間の利害調整を行うことを目的とした一連のプロセスを意味します。 つまり会計そのものが、経営現象を計量化することを目的としているため、その最終成果物である財務諸表は、経営現象を計量化したデータの集合体と言えます。 この会計という経営実務を研究対象とした学問を会計学(accounting)といいます。

1.2 会計学の領域

会計学には様々な研究分野があります。 会計の歴史を研究対象とする会計史(accounting history)、会計の計算構造を研究対象とする計算構造研究(accounting structure)、簿記そのものを研究対象とする簿記論(bookkeeping)、そして、会計の実務を説明し予想するための理論の構築を目指す事実解明的な会計研究(positive accounting research)などがあります。

とりわけ事実解明的な会計研究のうち、公表された情報を計量分析の手法を用いて分析する会計研究を、実証会計学(archival based empirical accounting)とか、単に実証会計と呼びます。 実証会計以外の事実解明的な研究には、実験により生成されたデータを分析する実験会計研究(experimental accounting)、データを必要とせず、数理モデルを用いて行われる分析会計研究(analytical accounting)などがあります。

国際的に評価の高い会計学の学術誌である、The Accounting Review(TAR)、Journal of Accounting and Economics(JAE)、Journal of Accounting Research(JAR)、Review of Accounting Studies(RAST)、Contemporary Accounting Research(CAR)の五大誌に掲載されている論文の大部分が、会計情報を用いた計量分析となっています。 ただこの5誌はすべて北米の研究機関や大学が発行している雑誌ですので、実証、実験、分析的な会計研究がメインストリームの扱いとなりますが、ヨーロッパでは、 Accounting, Organisation snd Society(AOS)、European Accounting Research(EAR)、British Accounting Research(BAR)、Critical Accounting Research(CAR)といった、定性的研究も重要視し、経済学ではなく社会学をベースとした研究が主流?となっている雑誌もあります。しかし松浦は社会学について語れる知識がないので、やはり沈黙します。

会計研究の世界では、1960年頃までは規範的研究(normative research)という「〇〇するべき」という主張をする研究が主流でした。たとえば企業が保有する株式を時価評価すべきかとか、ある特徴をもつリース資産を購入したものとして扱うべきか、といったものです。

しかし、1968年にJournal of Accounting Researchに掲載されたBall and Brown (1968) An Empirical Evaluation of Accounting Income Numbersを皮切りに、実際に会計情報は投資家の役に立っているのかをデータを使って確かめる、という、いわゆる実証研究が行われるようになり、今日まで会計研究の主要分野となっています。

実証的会計研究を行うために必要な知識・技術として、

  • 会計基準・会計理論
  • ミクロ経済学(ゲーム理論、契約理論、情報の経済学)
  • 計量経済学
  • ファイナンス理論(コーポレート・ファイナンス)
  • プログラミング

が挙げられます。

同じ事実解明型研究の中でも、証拠では無く論理による主張を目指す分析的会計研究で必要な知識・技術として、

  • 会計基準・会計理論
  • ミクロ経済学(ゲーム理論、契約理論、情報の経済学)
  • 最適化理論
  • 差分方程式

が挙げられます。 そもそも分析的会計研究は、会計現象を抽象化し、数学でその現象を表現するモデルを作り、そのモデルを解くことで得られる均衡解を比較静学することで様々なインプリケーションを得るため、実際に発生していない問題も研究することできる利点があります。 その反面、要求されるモデルを作るセンスや、解けるモデルを構築するための数学レベルも高く、また研究に要する時間も長いため、実証的会計研究に比べて論文が少ないです。 しかし、理論と実証は研究の両輪をなすものであり、どちらも重要であることに違いはないので、完全に理解することはできなくても、目を通す努力は必要でしょう。

ただやはり難しい数式が出てくる会計研究は松浦には完全に理解することはできないので、ここでは実証的会計研究について考えていきます。ヴィトゲンシュタインの言葉を借りれば、語り得ないものは語らないということで、分析的会計研究は沈黙するべきです。